【概要】
受験勉強を継続できなくなる誘惑に対処できるようになる術を解説します。
【ねらい】
どんなに魅力的な誘惑が多数あっても、これらの誘惑に対処できるようになるためのポイントを学びます。
【期待効果】
「学習を継続的に行うことができるようになること」
【重要性】
気持ちの上では目指す試験に合格したいのに、ついつい身近な誘惑(ゲームやパソコン、スマートフォンなど)が原因で、勉強ができなくなり、試験に不合格になってしまう人がたくさんいます。
このような時に、どんなに勉強をがんばれ!と言ってみても、効果はあまりないものです。また、受験勉強をがんばっている本人も、自分自身ではどうすることもできない誘惑に負けてしまい、あとで悔し涙を流し、深く後悔することが珍しくありません。
自分の欲求や感情をコントロールする術は、一般的に軽視されています。そして、根性論で乗り切ることが正しいと思われがちです。その理由はご両親が、かつて努力と根性で乗り切ることを通して、結果を出してきたからです。
したがって、受験と言うのは、ふんばり、努力すればなんとかなるものであると考えられがちです。
ところが、努力と根性で乗り切ることができる欲求構造をすべての人が持っているわけではありません。時代は変わり、別の環境で生き、別の欲求構造を一人一人が持っています。ご両親の欲求構造を元に考えても、空回りしてしまうのはここに原因があります。
【エピソード】
【エピソード】
まったく勉強ができない青年がいました。本人には、なんとかしたいという強い気持ちがあります。ところが勉強ができません。
進学したい、勉強もやりたくないわけではない、将来の目標も一応ある、しかし勉強ができないのです。ついついパソコンをやってしまい、モラトリアムを満喫してしまうのです。もちろん、それでもいいという考えも、世の中にはあります。
しかし、気持ちの上で、3人の心の葛藤がありました。
一つは、この若者が心優しく、自分が将来両親の面倒を見るという責任を持っていたこと。
二つ目は、母親が、子供の自立と教育を望んでいたこと。
三つ目は、父親が、子供の将来を案じていたこと。
この3人の気持ちは、私たちがどう考えるかという解釈論の域を出た深刻な問題です。一つの家庭の、経済的な問題でもあり、個人の希望の問題でもあり、そして個人の権利の問題でもあり、ご両親の切実な想いの問題でもあるのです。
世の中は、要領のいい人間ばかりではありません。モラトリアムを満喫するのもいいだろう、という一種の解釈論や、人生をもっと楽しむことがナンボという権利論は、この世に存在します。
もちろん、そのような考えがあっても然るべきであり、多様な意見こそ重要です。
しかし、この子の母親が、病気で入院した時、まだギリギリ働くことができるこの二人のごく一般的な家庭の両親が、どのように今後生きていくのかということは、一つの家庭の深刻な問題には違いありません。
一方で、猛烈に働いてでも猛勉強し、超一流校に進学する若者もいます。家庭が母子家庭であり、母親が一人で子供を育て上げ、外で働いているのを見てきたような子たちです。私が頑張る人を応援したいというのは、こういう気持ちからです。
個人の価値観や、単なる先入観で安易なレッテル貼りや、憶測が流れるのが、ネットの世界や噂話の実態です。特に今の時代は、がんばるなどという考えはウケもよくはありません。それでも私が頑張る人を応援する仕事をしているのは、このような多くのエピソードを人との接触の中で知っているからです。