慶應大学 小論文対策 第二章 基礎+応用という考えでは上達しない

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第二章 基礎+応用という考えでは上達しない

 

2-1なぜ「基礎」+「応用」という考えでは上達しないのか?
 小論文をどのように勉強していけばいいのでしょうか。この点については、まず基礎事項を学び、そのあとに、応用的な内容をどんどん覚えていけばよいという考え方を持っている人もいるようです。これは、小論文以外の勉強方法です。数学や物理では、基礎を学び、そのあとに応用問題を覚えていけば点数を上げることができます。しかし、小論文はこうはいきません。小論文試験は、暗記で対処する試験ではありません。大学側は、覚えているかどうかを試したいのではありません。暗記した量を見るのには向いていない試験です。それでは、小論文試験はどのような試験なのでしょうか。小論文試験は、あなたの技術のレベルと才能を見るのに適した試験です。分析力、思考力、論述力、問題発見能力、問題解決能力などを計測したい場合、小論文は最適な試験です。このように、技能のレベルを見られる試験では、皆さんの技能レベルを引き上げる必要があります。ここが分かっていないと、小論文試験対策を根本的に間違っていくようになりますよ。暗記科目であれば、ポイントは結局「覚えているかどうか」がポイントになります。しかし、小論文試験は、あなたのレベルが問われます。この意味で、小論文は、フィギュアスケートなどの技能系競技に似ています。
 小論文試験対策がうまくいかない原因の多くはこのように、科目の特性を理解せず、今まであなたが勉強してきたやり方の延長で小論文試験に対処しようとすることから生まれます。

 

2-2「基本力」+「知性」と考えよう(知性重視のススメ)
 それでは、小論文試験はどのように考えるべきなのでしょうか。私がお勧めするのは、基本力+知性という考え方です。基本力は、あなたが行うパフォーマンスを決定づけます。パフォーマンスというのは、書く、考えるなどの作業のことです。最終的に書き上げる品質と考えてください。基本というのは、簡単でレベルが低いものと一般的に考えられる傾向がありますが、その反対です。基本というのは、最もレベルが高いものです。
 例えばタイガーウッズの玉が正確に遠くに飛ぶのは、基本力があるためです。歌がうまい人がどのような歌を歌ってもレベルが高いのは、高い基本力があるからです。強いボクサーがどのような相手でも無関係に戦うことができるのは、高い基本力があるためです。プロ野球選手の投げる球が速いのは、高い基本力があるためです。同じく、打率が高いイチロー選手がメジャーリーグで通用するのも、高い基本力があるためです。
 基本は、もっとも基礎的でありながら、応用レベルに大きな影響を与えます。何らかのパフォーマンスを高めるためには、一生基本を学ぶ必要があります。このように、何らかの技能で、高い成果を出すためには、基本の力をいかにして高めるかという発想が不可欠です。ボイストレーニングが嫌だという歌手はレベルが高まりません。体力づくりを嫌がるスポーツ選手も伸びません。フォームを練習しないゴルファーは伸びません。基本が何か、基本のレベルを高めることはどういうことかについては、多くのケースでどのような分野でも、極めて理論的であり、哲学的です。
 知性については、丸暗記の正反対と思ってもらっても構いません。大変広い意味を内包する言葉です。小論文の答案を作る際に、レベルが高い答案についてみなさんはどのようなイメージを持っていますか?正解のイメージに近づけることを大切にする人もいるかもしれません。出題者が考える正解に近づけることは確かに大切ですが、加えて評価されるポイントをお話ししますと、皆さんの知性がキラリと光るような内容にすることが大事です。
 小論文試験は、知性を発揮することができる試験です。もっともよく勘違いされがちなのは、インパクトを強めさえすればいいという勘違いです。あなたが何かを提案する時には、社会的にインパクトを与えれば与えるほど評価が高まる傾向はありますが、ここで言うインパクトとは、「社会的なインパクト」ではありません。「心理的なインパクト」です。小論文指導の際に、月並みな内容はダメであり、インパクトを与えることが大切という指導がよく成されるようです。そんなことはありません。インパクトがありさえすればよいのであれば、単に人と違ったことを言えばいいということになります。そのような答案は求められていません。人と違うだけで中身がない、薄っぺらいないようでは評価されないということです。
 丸暗記した内容を書いている小論文は、知性がキラリと光りません。借り物の知識で書いているのもよく分かってしまいます。本を読みましょうと私が推奨するのは、丸暗記した知識を吐き出してほしいからではありませんよ。小論文試験に強くなるためには、たくさん本を読む必要があります。しかし、それは、ロボットのように暗記したものを出すだけの作業が目的ではありません。知見を広げることを通じて、新しいものの考えや、発想を得るためです。頭が柔らかいことは大きな価値ですが、知性を発揮するためには、頭が柔らかいだけではだめです。知識を頭に入れて知見を広げる必要があります。また、知識がたくさんあることは大きな価値ですが、知性を発揮するためには、知識ばかりが頭にあり、頭でっかちではいけません。考えることができなければなりません。知性を発揮するとは、知識や知見に裏付けられた新しい思考の発露が美しいことを指します。
 誰かが言っていることを言っているだけではいけません。権威に迎合するだけでもいけません。一方で、権威を否定するだけでもいけません。着眼点が使いまわされたものであるのも理想的ではありません。推論が正確なだけでは不十分です。数学的な思考の美しさとは、どのような観測部分から観測を行った場合でも、矛盾なく特定の理論が成立することを指します。一方で非数学的な美しさは、(言語でも考察するため)多少のあいまいさは残しつつも、論理が整合的であり、その思考が目新しく、正鵠的(要点をついていること)であることを指します。また、広い意味での審美性や、修辞法的観点からの美しさがあることを指すこともあるでしょう。ここで言う知性とは、このように人類がその歴史の中で築いてきた知の体系の中で、価値を示すものだと思ってください。その意味で、「すでにあるもの」、「使いまわし」、「単に組み合わせただけのもの」、「大学者が言っていることをなぞっただけのもの」、「凡庸なもの」、「多くの人が賛成しているだけの意見」、「単なる知識」「成功者が言っていること(を形を変えて自分の言葉に変えただけのもの)」などは、仮にそれが目新しい雰囲気を醸し出していたとしても、いかに小難しい雰囲気を醸し出していようとも、まったく知性的ではないということになります。学生はペダンチック(学問ぶっている様子)な文章をレベルが高い文章だと勘違いすることがあるようです。この手の勘違いをした人は、専門書の内容をちりばめれば点数が高いと思ってしまいます。また、学問的な背景知識を入れ込めば点数が上がると考えてしまいます。そんなことはまったくありません。

 

2-3 現行の小論文指導は、「基本軽視」+「反知性主義」
 ところが、日本における現行の小論文指導は、一言で言い表せば、(私に言わせれば)「基本軽視」+「反知性主義」です。小論文の書き方について、2~3時間で基礎事項だけを伝達し、多くの場合その内容がかなりいい加減かつ適当です。漠然としすぎており、本来は全く役立たないのですが、教えられている側の学生は、「結局どうするのか」ということを教えてもらっているので、(仮にそれが間違っていたとしても)大変満足しており、不合格になっていきます。「結局どうするのか」ということは、本来教えてはいけないことです。細かく教えてもらっているということは、具体的に教えてもらっているのではなく、教えられた内容がそれだけ正鵠的ではないということです。ズレていると言ってもいいでしょう。野球のバッティングについて、結局どうするのかを教えても、教えられた側はますます打てなくなります。もちろん、「結局どうするのか」ということではなく、ヒントを教えるのであれば、大丈夫です。例えば「バットを短く持って、よく球を見てバットを振れ」と言えば、打率は多くのケースで上がります。しかし、小論文指導で、「最初に問題が起こる原因を書いて対策案を書け」などと教えてもらったり、「反論を書いて、その反論に反論する形で書け」と教わったり、特定の構文を教えられ、「文章をポコポコここに当てはめろ」などと教えられてしまえば、細かすぎる内容を教えてもらっていることになります。これが筑波大学の名誉教授が本質的でないために、問題に対応できないばかりか、そうやっていれば点数が上がると思っている点が姑息であると述べている部分です。要は、評価されないということです。しかし、「姑息」というのは、(私が言ったわけではありませんが)なかなかに強烈な言葉ですね。(苦笑)なぜ姑息だと認識されるのかについても、きちんと把握しておく方がいいでしょう。採点者側に、姑息であるなどと考えられてしまう理由は、本質的ではない上に、(かつ)ミエミエだからです。例えば、やろうとしていることがミエミエであったとしても、立論しようと懸命に励んでいるのであれば、かわいいくらいに思われます。下手でもまっすぐに求められていることに励んでいるためです。論証は論文の要であり、本旨です。したがって懸命に論証しようとして、評価が下がることはまず考えられません。しかし、譲歩構文を用いて、心理操作的なテクニックで、感じる説得力を高めようとしたり、問題解決学の思考プロセスをなぞることで、問題解決力をアピールしようとしてみたりすることは評価の対象にはなりません。問題解決学の思考プロセスをなぞることが重要なのではありませんよ。そこで要求される感性や論理思考のレベルを、自分の洞察力とともに示すから評価されるのです。問題発見や解決のシーンで本当に必要とされるのはこれらの能力です。従って、あなたが評価されるのは、その「能力」の方であり、「形式」ではありません。問題解決のプロセスをなぞれば、形式上はなにやら同じようなことをやっているように錯覚してしまうかもしれませんが、非論理的な論考を見せてしまえば、それは問題解決をやっていないということになってしまいます。問題解決の思考プロセスをなぞり、原因を先に書いて解決策を書く生徒の答案の95%以上(ほぼ100%なのですが)は、非論理的な内容です。もともと原因を適当に考えるという最初のステップがすでに、非論理的なのです。また、原因を考えればよいという発想そのものが非論理的です。問題解決のプロセスは、1分~3分で学べます。そんなものを再現するのは、5分間の学びで十分です。一方で知性を見せるとなれば、あなたの過去すべての人生体験と知力が問われます。大学が期待しているのは、あなたの知力の方です。5分間でもれなく誰でもマスターできる便法ではありません。以上が基本を軽視している例です。基本ではなく、多くの諸論文指導は基礎指導で対処しようとしてしまっています。基本力がないから、レベルの高いパフォーマンスを発揮できないのです。
 また、反知性主義というのは、知性を殺す指導のことを指します。感性面を否定する指導を受けた学生は感性が死にます。物事を感じ取る能力が極端に奪われます。何をすればいいのか指示を待つようになります。結局どうすればいいのかばかりを教えてもらおうとします。自分の頭で感じ取り、感じ取るように考えることができなくなります。本来物事を考えるとは、言葉だけで考えることを指しません。自由にイメージや概念を操作することで人は物事を考察します。感性面を殺すように指導された人(すべての思考プロセスまで手順化され、感性が必要ないと教えられた人)は、自分の頭で物事を考える力を失います。例えば、よくある事例では、ハーバードが開発したSWOT分析という特定の思考フォーマットに情報をバカバカと入れ込み、そこからアウトプットされたものが正解というように考え始めます。しかし、このような考え方では、人は物事を正確に考えることはできません。SWOT分析などのフレームワークはあくまでも思考ツールなのです。何がS(強味)なのか、何がW(弱み)なのかなどの情報は、人の解釈です。人は情報を完全に集めることができないだけではなく、人は情報を把握しきれません。このように、人間の思考が不完全であることを見落とすと、論理思考さえできればすべてが解決すると考えてしまいます。現時点で把握する情報は常に不完全であり、その意味で論理思考はどれだけ精緻に行ったとしても、100%正確な分析ができるわけではありません。このギャップを埋めるのが感性です。スティーブジョブズが、未来に確信を持って進み、その時に点と点がつながるように動けと述べるのはこのことを指しています。現状では理性的とは言えない意思決定を支えているのは、直感です。観やセンスを機能させる時、人の思考はより一層美しくなります。ここで、念のために思考の美しさについて、おさらいしておきましょう。

 

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 数学的な思考の美しさとは、どのような観測部分から観測を行った場合でも、矛盾なく特定の理論が成立することを指します。一方で非数学的な美しさは、(言語でも考察するため)多少のあいまいさは残しつつも、論理が整合的であり、その思考が目新しく、正鵠的(要点をついていること)であることを指します。また、広い意味での審美性や、修辞法的観点からの美しさがあることを指すこともあるでしょう。
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 丸暗記をするように指導された学生、本を読み、どこをメモすれば合格するのかを指示された学生も知性が死んでいきます。何が重要であり、何が重要ではないのかを感じ取る能力を機能させない人は、ずっとその能力が働きません。本を読み、一冊ずつ要約していく必要はまったくありません。10冊か20冊に一冊程度しか、ノートにまとめる価値がある本はありません。したがって本を読むたびに一冊ずつまとめる作業をしている人は、膨大な無駄な時間を過ごすことになります。
 私たちが本を読み、知識を頭に入れる作業は知見を広げる作業です。従って、本来は、本を読み、世の中を可視化していく必要があります。自分が本を読めば本を読むほど、世の中が見えるようになり、未来が見えるようにならなければなりません。しかし、本を一冊ずつまとめるような作業をしてしまった場合、世の中を見るのではなく、本の内容を見てしまっています。未来を見るのではなく、本の著者の意見を見てしまっています。いつまでたっても洞察力が磨かれず、いつまでたっても未来が見えないのです。未来が見える人と、未来が見えない人の違いとは、感性が生きているか、死んでいるかの違いです。どの学部でも着眼点が評価されます。これも同様に、センスが機能しているかどうかでほぼ決まります。センスが人によって違うのは仕方がないことでしょう。しかし、センスを殺せば、あなたの頭脳はさびつきます。センスがあろうとなかろうと、懸命にセンスを働かせなければなりません。ここまでにご紹介したように、人が物事を考察するレベルは感性を働かせた場合の方が高まります。感性を殺せば、能力が下がり、思考力が低下します。
 センスは高まらないと考えている人もいるようですが、センスを高めることもできます。問題はその重要性をどれだけ認識しているかです。大学はセンスが死んでいる人が欲しいのではなく、センスがある人を欲しいのです。ノーベル賞を受賞する人、社会で活躍する人は例外なくセンスがある人です。センスがないことを嘆く必要はありません。機能させ、高めるように努力すればいいのです。センスを高めるノートの取り方は存在します。センスを機能させる思考法は存在します。センスを高める読書法は存在します。どれもやればいいだけの話であり、センスのなさを嘆く必要はまったくありません。私が運営する塾から日本トップレベルの成績を残す受験生が続出している理由の一つは、感性とセンスを生かし、育む手法を教えているためです。

 

2-4 知識の暗記でなぜ点数が上がらないのか
 知識はあった方がいいものです。従って知識をガンガン入れていくことがダメなわけではありません。問題は、その知識をどのように使おうとしているかです。小論文試験で点数が取れない人は、知識を書こうとしてしまっています。小論文を書こうとして、筆が止まってしまったことはありませんか。学んだ知識を土台として物事を考えるのではなく、学んだことをそのまま書こうとしてしまうんですね。知識を書く試験だと思ってしまうと、問題を見て、書くことができそうな知識がないと、その時点でアウトです。試験終了ということになります。空白でいっぱいの原稿用紙を提出してしまうと、当然不合格になります。「知識を書くという態度」は、歴史の試験の論述ではOKですが、小論文試験では理想的とは言えません。小論文試験では、知識を書いてもOKですが、そこが本旨ではありません。
 この点について、私が主催する慶應クラスという塾に在籍していた平井さん(全国模試において、小論文で6位の成績となり、その後慶應SFCにダブル合格となりました。)は、合格インタビューの際に、「なぜ知識を小論文に書くように勉強を進めていくとまずいと思いますか。」という質問に対して、「論理的に整合性が取れなくなると思います。」と述べています。これは大変優秀な回答です。小論文試験では、問いに答えることが大切です。この際に、問いとあなたが書く主張(仮説)は、論理的に対応関係になければなりません。同様に、その主張を支えている論拠、根拠(データ)は、すべて論理的に関係が強いものでなければなりません。しかし、覚えている知識を無理に書こうとする人は、論理的に関連が薄いことを書いてしまいがちです。「論理思考ができていません」などと、添削で指導されるのはこのタイプです。知識を書けば評価されるのではなく、質の高い論考ができているからこそ、評価されます。その意味で、小論文試験に書くべきは覚えた知識というよりも、「考えた内容」と言えます。高いレベルで考えるには、高いレベルで論理的に考えることができると同時に、物事を感じ取る能力が高くなければいけません。

 

 

 

 

 

 

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