慶應大学SFCの高確率合格法:無料ウェブ

 


 

牛山 恭範 (著)

 

〜ハイライト〜

・(良い塾もあるが)塾・予備校そのものの見直しが静かに進む

・塾に行かない方が合格?(東大・京大に)

・やっぱり予備校じゃなきゃだめよ!・・・でも普通に前年以下に・・・

・東大合格の裏に家庭学習

・家では勉強しない・・・ならば合格はできない

・そもそも最初から自律的な学習ができるかどうかしか重要ではない

・おためごかしの実力テスト(何の為か?)

・イベントばかりで実力がつかない? 夏期講習、冬季講習はなんのためか

・記憶量を増やす必要がある

・「見たいところだけ見る」が当たり前に

・受験は解答力と記憶量だけで決まっている

・記憶量は勉強のアプローチと復習の設計で決まる

・塾・予備校は解答力で選ぶ

・受験を楽しく(楽しさ中心に)

 

 

(良い塾もあるが)塾・予備校そのものの見直しが静かに進む

 今、塾や予備校そのものの見直しが静かに進んでいる。デジタル教育が支配的になってきたためである。映像授業であれば、ほとんど見放題、実力がある講師の授業をじっくりと見ることができる便利な時代となった。そもそも授業にどのような意味があるのかが、問われ始める転換期となったと言えるだろう。

 

これは、大学も例外ではない。教育カリキュラムの内容についてはどの大学も高い意識でコンテンツを編成する努力をしている。

 

 かつては一般的に予備校業界では、授業が行われていればそれでよかった。生徒の側は、何か困ったことがあれば、塾や予備校に行き、授業を受ける。それが当たり前だった。しかし、今の時代は違う。

 

 本当に塾や予備校にそもそも行く必要があるのかということが真剣に問われかねない時代となりつつある。

 

 

塾に行かない方が合格?(東大・京大に)

 塾や予備校に行っていないのに、東大や京大に合格したという話もチラホラ聞く。なぜ塾や予備校に行っていないのに、東大に合格してしまうのか。言うまでもなく、自宅で覚えたからである。試験はそもそも記憶量で決まっている。どこに行って教えてもらうかではなく、いかに繰り返して頭に叩き込んだかで試験の点数の8割は決まってしまう。

 

やっぱり予備校じゃなきゃだめよ!・・・でも普通に前年以下に・・・

 しかしながら、きちんとした塾や予備校でなければダメだという根深い考えは一般的だ。「いやぁ、なかなか、私なんかは古い考えなもんで・・・」と私は相談されることもある。

ところが実際問題、日本最大手の予備校のチェーン展開している某予備校では、日本最大手の最も有名な予備校講師の授業をいくらでも見ることができる。それにもかかわらず、その塾の経営者が私に子供の教育を依頼してくる。

 その経営者の方の御嬢さんは、その後私が小論文の添削を行い、慶應大学法学部法律学科に進学した。当然その塾の経営者も慶應大学出身である。

 

 なぜ、自分で塾を経営し、何人も先生を雇っているのに、私に依頼してくるのか。日本最大手の予備校である。

 

試験の点数は授業で決まっていないからである。それが何十年も塾経営を行い、分かっているからとも、表現できる。

 

 こんな事情を知ってか、知らずか、多くの家庭では、大きなところじゃなくっちゃと、息巻いてしまう。ところが、となりの○○さんは、一年間予備校に通い詰めて、気が付くと去年のセンター試験の自分の点数を下回ってしまった・・・などということが普通に起こっているのである。なぜこんなことになってしまったのか。

 

 繰り返すが、試験の点数は記憶量と解答力で決まっているからだ。どこに行こうが、覚えなければ点数は上がらない。

 

 

東大合格の裏に家庭学習

 東大合格の裏に家庭学習があったという話は多い。ただし・・・・東京大学は、文系の場合、記述式試験で文章を書く比率が多い。こういう受験体制の場合は、家庭学習だけに頼らないことも大切だ。添削に力を入れるということである。

 私は昔から、Z会を推奨するところがある。Z会とはまったく事業上関係は無いが、Z会の問題集を推薦している。その理由は、Z会は大変良く考えて事業運営、受験サポートを行っているからだ。学習理論や、力のつけ方、点数の取り方に詳しい。

 

 東大合格の裏では、このように家庭学習でモリモリ記憶をつけると同時に解答力をつけていたということも多い。

 

家では勉強しない・・・ならば合格はできない

 「家ではなかなか勉強しないので、なんとか外で勉強させないとどうにもならないのよ」という意見もよく聞く。大変深刻な悩みである。ただし、難関試験を受験するのであれば、そもそも家で勉強できないのであれば、合格はできないと考えた方がいい。

 

 私は結論から言えば、「まず一日に10時間勉強できるようになりましょう。」と言う。これは机に向かった時間ではない。机に向かって勉強気分になる作業はたくさんある。

 

 ・ボーッと授業を聞く。

 ・とにかく黒板の文字を書き写す。

 ・座っている。

 

 これらの作業は、記憶量が増えない。このような態度で時間を過ごすことをやっても、成果にはなかなかつながらない。

 

ここでは、10時間と述べたが、純粋な記憶時間だと考えて欲しい。純粋な記憶時間が、10時間を超えることが、難関試験合格の一つの目安なのである。頭の良さ云々のまえに、時間をぶっこめるかどうかで、ほぼ決まってしまう。

 

 こぎれいな学習理論も、スマートなやり口もほとんど不要なのだ。時間を突っ込むことができれば勝てる。記憶時間を確保できなければ負ける。ただこれだけのゲームである。

 

 

 

 














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